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2017年3月21日 (火)

核廃絶を訴えた、被爆医師

広島で自ら被爆し、被爆者の治療を続けてきた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)顧問の肥田舜太郎医師が20日、逝去されました。

1945年8月6日の原爆投下当時、軍医として広島に赴任しており、爆心地の北6kmの場所にいましたが、その後市内に入り、焼けただれさまよう人々の救助、治療に当たりました。

その後も、白血病などの後遺症に苦しむ被爆者たちに寄り添い続けたほか、いち早く内部被ばくの危険性を指摘しました。
2011年に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原発事故でも、内部被ばくの脅威を強く訴えていました。

「広島と長崎は今も生き地獄を見せて世界に警告している。真実を伝えるのが被爆者の使命だ」として、世界30国以上、150都市以上を「草の根の反核語り部」として駆け巡り、原爆の悲惨さを訴えました。

「原爆と闘うには、被爆者は長生きしないとだめだ」とよく言っていた通り、100歳の天寿を全うされました。

ひとたび原爆が落ちれば、医師にも手に負えないことを身をもって知り、常に被爆者の味方であり、多くの被爆者の心の拠り所として慕われた医師の存在を心に刻みたいと思います。
そして肥田医師が心から望んだ核廃絶の志を引き継ぎたいと強く思いました。

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