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2013年2月20日 (水)

食が命の危機を左右・・・する!

名張ぶどう酒事件が起こったのは1961年3月。三重県名張市で開かれた懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡しました。この事件は物的証拠がほとんどない中、「妻、愛人との三角関係を清算するために農薬を入れた」と自白した奥西勝死刑囚が逮捕されました。その後、「自白は強要された」と否認するも、72年に死刑が確定しました。

この奥西死刑囚をドラマとドキュメンタリーで描いた映画「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯(主演:仲代達矢)」が16日から、東京・渋谷のユーロスペースで上映されると耳にしました。監督・脚本を担当したディレクターは「映画を通じてこの事件と半世紀以上も死刑の恐怖と闘っている奥西さんの存在をしってもらえれば」と話しており、冤罪事件の可能性があることを知りました。

私が生まれる前の事件ではありますが、多少のことは知っていました。亡くなられた5人以外に7人が病院に運ばれ九死に一生を得ましたが、ひとりだけ難を逃れた農家の主婦がいました。その方は毒ぶどう酒を飲んだにもかかわらず、2度吐き出し、翌日には普通に農作業ができたという話を本(「家庭でできる自然療法」東城百合子著)で読んでいたからです。

他の方と何事もなく助かったこの主婦とのたったひとつの違いは、事件の2年前から自然農法を実践し、玄米自然食を実行していた点です。しかもその時、妊娠3カ月の身重で、生まれてくる子のことが心配されました。しかし生まれた男児は、運動の得意な健康活発、頭脳明晰な子に育ったそうです。

東城先生は、自然のはからいと家族の愛が救いとなり男児を育てたと書かれています。また玄米には自律神経を調整し、体に害のあるものは反射的に出させて吸収しないと、長崎で被爆されるも原爆症を発症しなかった秋月辰一郎医師の実例を出して紹介しています。

玄米には私たちの知らない未知の成分があり、それらが起こした奇跡なのかもしれませんね。そういえば飛来する隕石には、地球上にない元素が存在するそうですから、現代の科学ではわかっていないことがある、というよりわからないことだらけなのでしょう。

東城先生は、自然から遠い生活をしていると生命力が失われ、血液が汚れて、神経も鈍るため、自分の身体の症状に対しても正確な感覚がなくなるとおっしゃいます。不自然な加工食品や添加物を安易に口にすることで、鋭い感覚や洞察力、直観力は養われず、気づいたら悪性の慢性病だったということになりかねないのです。

「病は口より入る」と言ったのは、「養生訓」の著者・貝原益軒です。その逆に、「人の良薬は食なり。命は食に従う」と言ったのは、江戸時代に節食開運説を唱えた食養家・水野南北です。どちらも然り。日常の食が、いざという時の命の危機を左右・・・する!といえるのではないでしょうか。

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2013年2月 5日 (火)

戦争写真のミステリー

ロバート・キャパ、戦争写真のミステリー あの傑作は、誰が撮ったのか? - 1 ( C 東洋経済オンライン)

ロバート・キャパについて知っていることといえば、有名な報道写真家ということくらいでした。作品で唯一知っているのは、スペイン内戦で撮影された「崩れ落ちる兵士(写真左)」のみ。そしてカンボジア内戦を取材中に狙撃されて死亡した沢田教一が死亡後に受賞したのが、ロバート・キャパ賞だったな~くらいです。

それでも昨日放送されたNHKスペシャル「沢木耕太郎が推理!戦場写真・最大の謎」を観ようと思ったのは、弾が飛び交う戦場でこのような決定的な写真が撮れるものだろうかという疑惑をノンフィクション作家がCGなどの最新技術を駆使し、解き明かすという宣伝に魅かれたからです。

銃弾に撃ち抜かれた人民戦線軍の兵士の死の瞬間を捉えたとされるこの写真は、歴史を変えた傑作とされ、パブロ・ピカソのゲルニカ同様、反ファシズムの象徴となります。この一枚の写真で、それまで無名だったキャパは時代の寵児となりますが、ネガは勿論、オリジナルプリントなども失われており、キャパ自身も詳細を語らなかったかため、いったい誰が、いつ、どこで撃たれたのかが全く不明の謎の一枚だそうです。

沢木氏はこのなぞを追い続け、ひとつの新事実にたどり着きます。

数十枚の写真に写る背景から場所を特定し、カメラマンと被写体の距離や銃の状態などから、この写真は戦場ではなく演習!!を撮影したものであること、またカメラマンは二人だったと結論づけます。実際、この内戦には「ロバート・キャパ」ことアンドレ・フリードマンとその恋人ゲルダ・タロー(女性初の報道写真家)が同行していた事実があり、ふたりはキャパという架空の名を使って報道写真の売り込みをしています。では「崩れ落ちる兵士」はどちらが撮影したものなのか? 番組では、ライカを使用していたフリードマンではなく、ローライフレックスを使っていたタローであったとしています。その彼女は写真がLIFEに取りあげられることで一世を風靡する前に、この内戦の取材中に命を落としてしまいます。

ふたりで作り上げたキャパという人物ですが、自分が撮ってもいない、まして戦場の写真でもないものがひとり歩きする状況で、恋人であり仕事のパートナーを失った若干22歳の青年は何を考えたのでしょう。結局彼は、その後も危険な最前線に赴きます。それは「崩れ落ちる兵士」を超える写真を求めたのか、それとも戦場に身を置くことを課したのか・・・誰にも真実はわかりません。そしてついには戦場で命を落とすことになります。

フリードマンはのちに、スペイン内戦の写真集を出版しますが、そこに代表作とされる「崩れ落ちる兵士」はありません。そのことからも今回の結論が真実なのだろうと感じました。

うめめ
商品の詳細

彼らの写真は横浜美術館(1/26~3/24)で見ることができます。報道写真も興味がありますが、どちらかといえばうめかよ(梅佳代)さんの「うめめ」や川島小鳥さんの「未来ちゃん」など無邪気な子どもの写真のほうが好きかな~。笑えるし、なんか癒されますよ。

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2013年2月 2日 (土)

来週は味噌づくり♪

R0012846自分で作った味噌はどうしてこんなに美味しいのだろう? たぶん作り手の皮膚常在菌(微生物)が含まれた自家製味噌は、その人の腸内常在菌にとって「美味しい」と感じるからではないでしょうか。腸内には100種類100兆個(!)、重さにして1~1.5Kgもの常在菌が存在し、それらと共生し、バランスをとって健康を維持しています。そして我々日本人は、栄養学などない時代から味噌を作り、そして食べ続けてきました。自家製味噌は美味しいだけでなく、腸内を整えたり、健康維持に役立っていることにご先祖様たちは感覚的に気づいていたのかもしれません。そして昨今のみそ汁離れは、自家製味噌を作らなくなった、つまり自分の口に合わない市販の味噌を買うようになったことが一因なのでは・・・と思ったりします。

今から25年位前、私の母がハマっていた料理研究家がおりました。彼女は新し物好きで、よいと感じるとすぐ行動に移すのですが、このときは料理本とステンレス多層鍋をそうそうに購入。おそらく働く彼女にとって、料理研究家の「料理に長い時間を割かなくても、すべての必須栄養素が過不足なくとれるシステマティックな料理法」という言葉に魅かれたのでしょう。

アメリカ栄養学をもとに独自の実践栄養学を取り入れた料理本には和食も含め、世界各国の見るからに美味しそうな家庭料理が紹介されていました。たまに材料調達が難しかったり、面倒なレシピもありましたが、それでも母から私へと現在に至るまで作り続けているお気に入りレシピもあります。その本を最初に読んで驚いたのが、食に対する熱意と健康に対する神経質さ。特に肉はできるだけ厚切りを買い、空気にさらされ酸化した表面は切り除く(!)と書かれていました。もちろん脂肪部位も食べません。いくらバブル時代に書かれたものとはいえ、そこまでしなくても・・と感じていました。

この料理研究家は日本人が急激に多くの油分をとる食生活に、肉体が適応できるはずはなく、ガンや心臓血管の疾患リスクを減らすためにも、暇な時に冷えても美味しい保存食を作り置きすることを勧めていました。そのこと自体に異論はありません。ただそこにもう少し日本人の肉体を支えてきた味噌や醤油、だしといった伝統に目を向けていただきたかったと思います。世界各国の家庭料理は、その国の風土に根差した料理であり、その国に生きる人に適したものであるはずです。暑い国では体を冷やす植物が育ち、それらを美味しくいただける調理法などが用いられていることでしょう。寒い国ではその逆になり、日本には日本独特の野菜や調味料・保存食が存在します。

神経質と思われるほど食生活に気をつかっていた料理研究家ですが、男性の平均寿命である79.4歳まで長生きすることなく、残念なことに食道ガンで亡くなっています。

この料理家とは逆に「わかめの味噌汁」だけで、長崎に原爆が投下された際、爆心地からわずか1.8kmの病院で被爆したにもかかわらず、原爆症を発症しなかったのが秋月辰一郎医師です。以前にも取りあげたと思いますが、秋月医師は著書「体質と食物」の中で、「現代医学の栄養学は、人間の生命の源としての食物という問題に関しては、ほんの一部しか明瞭になっていない、幼稚なものであると判った。(略)たいたい、西欧人と日本人の体質は少し異なるし、食物も異なるはずである。気候風土も異なる。だから西欧で研究された栄養学がそのままの形で、日本人にも適切であるとは考えられない」、「味噌が日本人の食物の最も大切な要(かなめ)のようになっている」と書かれています。

今も終息しない福島原発の放射能の影響を受ける現代人にも、きっと「わかめの味噌汁」はよいだろうと推測します。もし秋月医師がいまも存命であれば、ヨウ素たっぷりのわかめに、豆腐や揚げを入れた味噌汁を勧めたことでしょう。子どものころから病弱で、二十歳までは寿命がもつまいと言われながら、89歳まで長生きされたのは、ひとえに「わかめの味噌汁」のおかげ。身近にあって、その価値に気づきにくい味噌ですが、見直すきっかけになれば嬉しいです。そしてせっかく毎日食べるなら、美味しい手前味噌で作りたいので、来週は味噌づくりに精を出すつもりです。意外と簡単なので、気軽にトライしてみてください。もう少し安定して同じ味がだせるようになったら、味噌づくり教室でもやりますか・・・♪

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