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2011年12月14日 (水)

もう買い物で人は幸せになれない

現代は物を買うことで幸せを得られた敗戦直後とは違います。物が行き渡らない頃は、手に入るだけで満足できたものが、今では何を、いつどこで買うべきかに悩まされ、買った後には「あちらで買えば・・」「新しいのが出るの!」と後悔やら無念を感じる(ちょっと大げさかな)ことさえあります。もう買い物自体がひどく労力を強いられる行為にすら感じます。

買い物で幸せになれないことなど、すでにバブルが弾けたときに学んだのではないのか・・・。それなのにのど元過ぎれば熱さ忘れるで、にわとりのごとく(本当ににわとりは物忘れが激しいのか?)教訓を忘れ、経済活動に勤しんでしまう(涙)。それが人間なのね~と残念に思いつつ納得。そして、天災は教訓が生きているかを試すように、忘れたころにやってくるのですね。

昨日、読売新聞夕刊で、「暮らしと手帳は今」という記事を読みました。「暮らしと手帳」といえば読者でこそありませんが、初代編集長 花森安治の異彩ぶりは知っていました。何しろ男性なのにスカートをはき、パーマをあて、読者である女性の気持ちになりきろうとした方です。そこには「女性は戦争に罪がない。これからは女性が幸せになるべき」との強い信念があってのことでした。

現在編集長をされている松浦弥太郎氏は「もう買い物で人は幸せになれない。暮らしの隅に宿る無形の知恵に気づいて、感謝する。その気持ちが豊かさであり幸福では。それを誌面で提案したい」といいます。

また新潮社で生活文化誌「考える人」を創刊した、松家仁之慶大特別招聘教授は「つましくも自分の生活を組み立てたいと願う最近の若い世代は、終戦直後の日本人の心理に近いかもしれない。松浦さんはそれを直感的に見抜いている」とも評しています。

震災以降、私は嫌い(苦手)だった料理が好きになりつつあります。以前はまずいものや不安材料のある食品を食べたくないという一心で料理をしていましたが、今は料理をつくること=生きること、と感じ、おろそかにしたくないと思います。そして家族で食事ができることに感謝しています。

「いただきます」とは、野菜や魚などの命を頂くことであり、私たちはその失われた命で自分の命を永らえています。そして「ご馳走さま」には、その食べ物を育てあげ、また捕って運んでくれた人々や調理してくれた人が食材集めに走り回ってくれたことへの感謝が込められています。

これらの言葉に込められた感謝の心を忘れることなく、つつましくとも豊かな気持ちで生活することこそが幸福への近道なのかもしれませんね。師も走る年末が近づいてきましたが、どうぞ心を忘れることなく、一日一日を大切にお過ごしください。

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