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2011年7月 1日 (金)

暗黒のかなたの光明・・・光明とは

6/6にETV特集「暗黒のかなたの光明」の感想を書きました(詳しくは6/6の記事をお読みください)。

多くの方がこの番組を観て、暗雲立ち込める人類の未来に存在する光明とは何なのか? 知の巨人と呼ばれた梅棹忠夫氏がどのように考えていたのか? を知りたいと思ったのではないでしょうか。

もちろん唯一の答えはないのかもしれません。ただ個人的には、これがひとつの答えなのでは?、という端的な言葉を見つけました。答えを与えてくれたのは、先日他界された俳優の児玉清さんです。彼は生前に「想像力は人間が神から賜った叡智である」と書いていました。この想像力こそが光明のひとつではないでしょうか。

今回この想像力が、悲惨な状況を他人事とせず、行動となって表現されたように感じます。それが混乱や略奪が起こらなかった理由であり、また多くのボランティア活動につながりました。梅棹氏もアマチュア思想という言葉で表現していますが、これは考えだけでなく意思や行動をあわせ持つように感じるとともに、一般的にはちょっとわかりにくいですね。また叡智という言葉でも表現していますが、それだけでは具体的でない感じがします。

悲しみや苦しみに寄り添う想像力、想定以上の事態を予測する想像力、困難を乗り越えた未来を描く想像力、小さな力でも集まるれば変革や達成をもたらすと想像する力・・・想像力なくしてだれかを思いやる愛情や思想は生まれませんね。

以前に記事にしたことがあると思いますが、想像力があるがゆえにお金がなくなったら、病気になったら・・と考えるのが人間です。そして今日の食いぶち以上のことを心配します。しかしこれが過度になれば想像とはいわず、妄想といいます(笑)。

他人の立場に立てるかどうか、これってホメオパスにも重要なことなのかもしれません。とんでもない、もっと客観的に!という考えもあると思います。金子みすずじゃありませんが、「みんな違ってみんないい」。ただし、思いやりを忘れずに、今日も想像力を鍛え、よりよい未来のための行動を心がけたいと思います。

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