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2011年6月 6日 (月)

ETV特集「暗黒のかなたの光明」を観て

昨年7月、90歳で亡くなった比較文明学者、梅棹忠夫氏。日本の民俗学研究の礎を築き、戦後の日本社会に大きな影響与え続けた梅棹氏の幻の書「人類の未来」の資料が発見されました。現在(6/14まで)国立民族学博物館で開催中の「ウメサオタダオ展」の資料調査・整理の過程で未公開の資料が見つかったようですが、半世紀近く前に人類の行く末について数々の予言をしていた!と聞いたら、観ないわけにはいきません。 「地の巨人」と呼ばれ、独自の文明論で「人類の未来=暗黒のかなたの光明(未完の書のエピローグ)」を模索した梅棹氏を荒俣宏(作家・博物学者)が識者との対話によって浮き彫りにする番組でした。

知的好奇心をくすぐる番組内容に導かれ、昨夜はテレビの前に陣取りました。この好奇心は人間が知的生命体であるがゆえの衝動であり、科学の探究も同様、それは人間の業。だから性欲同様(笑)、止めろといわれても止められない。その最大の特徴ゆえに人類の未来は暗黒であるが、そのかなたには光明もある、と書きしるされた「人類の未来」。未完ゆえに光明が何を意味するのかを明言することはできませんが、おぼろげに見えたように感じました。

震災以降、暗いトンネルの中で、先の見えない重苦しさが漂う感覚を振り払うことができないと感じている人は少なくないと思います。これまで人類はその業によって、あまりに左脳的に物質文明を謳歌してきました。しかしそれは文明のひとつの側面でしかなく、右脳的に心の中に構築することができる、という考え方も光のひとつだと思います。

また山折哲雄(宗教学者)氏がいう、アングロサクソン系、ユダヤ・キリスト教の考え方の根底に流れるのはノアの箱舟(=生き残りの物語)であり、これは裏を返せば犠牲の物語だ。政治も経済理論も生き残ることをよしとし、日本の経済発展もこの西洋型の考えを十分に咀嚼し、受け入れ実践してきた結果に他ならない。一方、仏教的(法華経)な考え方には三車火宅の物語(=助ける時はすべてを助ける、犠牲のない物語)があり、日本人の身体感覚としては前者より後者のほうがしっくりくる。地震や津波だけでなく、台風や火山など自然災害の多いこの国にあって、無常(形あるものはいつか消えゆく)を淡々と受け入れられる我々に刻まれたDNAにこそ光があるのかもしれない。

制度と装置から成る文明にほころびができ、誰もが気づいているにもかかわらず、それを壊すことは容易でない。ましてその文明を維持しようとする政府やそこで利益を得ている企業が変革を望むはずもない。ならばひとりひとりが主体者となって、知的生命体として何が人類のしあわせなのかを考え、行動することが必要となる。梅棹氏はいう。「思想はつかうものである。思想は西洋かぶれのプロの思想家の独占物ではないのであって、アマチュアたる土民のだれかれの自由な使用にゆだねるべきである。プロにはまかせておけない。アマチュア思想道を確立すべきである」このアマチュア思想こそが、自らの意思で活動するボランティアの考えであり、市民の力こそ文明の暗黒の光明となりうる!!と私は信じます。

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