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2008年2月18日 (月)

ホメオパシー的映画鑑賞

R0010784 先週末「L change the WorLd」を観ました。前作「デスノート」「デスノート the Last name」が原作とは違った魅力があり、とてもおもしろかったので、L(松山 ケンイチ)が自らデスノートに名前を書いた後の23日間をどのように過ごしたのか興味が湧き映画館に足を運びました。

ホメオパシーを学んでいる人は、映画やドラマを観るとつい登場人物にレメディーを見出したりします。たとえば「風と共に去りぬ」のスカーレット(ビビアン・リー)をTarentulaタランチュラと言ったホメオパスがいます。勝気な彼女は愛するアシュレー(レスリー・ハワード)が彼の従妹メラニー(オリビア・デ・バビランド)と結婚したことの当て付けでメラニーの兄と結婚したり、妹のフィアンセを横取りしたりと、まさにTarentulaタランチュラのように狡猾で衝動的、破壊的な性格です。極めつけは喪中にもかかわらず、カラフルなドレスで音楽に合わせてダンスを踊り注目を集めるシーンです。別の点に注目すると違ったレメディーも浮かびます。Platainaプラタイナは自己中心的でプライドが高く、スカーレットがメラニーにしたようにいつも他人を見下しています。恋愛や結婚に対する理想が高いため、現実とのギャップに失望しがちです。自分があまりに特別な存在であり、トップでいる孤独も感じています。この孤独感は関係が破綻した後になってバトラー(クラーク・ゲーブル)への本当の愛に気づくも、既に彼は去り、スカーレットがひとり立ち尽くすラストシーンによく表れています。

話は「L」に戻りますが、Lはどう見てもSulphurソーファーですよね。明晰な頭脳で論理を構築する名探偵だが、納得するまであらゆる手段を使って真相を追求するため、周囲からは理解されない。自説は曲げず、自己中心的で、時に人を操る。頭脳労働のための糖補給が欠かせないのか、異常な甘党。自分の容貌や服装に無頓着。直立が難しいほどの猫背・・・これで風呂嫌いや皮膚疾患も加われば絵に描いたようなSulphurソーファーです。

対する夜神 月(藤原 竜也)は自らの犯罪を正義の裁きと言ってはばからなず、理想の新世界という目的を達成するためには容赦をしない、嘘をつく、騙す、欺く策略家。新世界の神となるという独裁的野望と誇大妄想、暴力性・・・Veratrumバレーチュラムですね。

では弥 海砂(戸田 恵梨香)は?月に気に入られるためには何でもするという従順さ、寿命を削ることもいとわない愛情の深さ、見捨てられることへの恐怖と嫉妬深さ。愛すべき可愛さの反面、したたかで芯の強い性格・・・Pulsatillaポースティーラですね。

他にも独裁的なキラに対して命を賭して戦いを挑む善の人、同情心が強く、行動力があり、苦悩し続ける夜神 総一郎(鹿賀 丈史)は、Causuticumコースティカムでしょうか。

異論も多々あると思いますが、人もレメディーも多面的なものですから、どの面を重視するかによって見方も様々だと思います。たまにはこんな映画鑑賞の仕方もレメディーに親しむよい方法だと思いませんか。

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2008年2月 3日 (日)

代替医療のエース・ホメオパシーが新聞掲載

R0010778 1月28日付健康産業流通新聞に、代替医療のエース的存在として同種療法ホメオパシーが紹介されました。私には説明することが困難で、ブログに掲載することを避けてきたマヤズムについても、簡潔に解説されていたので下記に原文の一部分を掲載したいと思います。

同種療法「ホメオパシー」が注目を集めている。同種療法とは、症状と同様の作用があるものを取り入れて症状を増幅させ、自己治癒力の喚起を促すものだ。200年前にドイツで確立されたこの医学には、近代西洋医学の考え方に染まった現代人には耳慣れない言葉が出てくる。「症状を出し切る」「心のこだわりが体の疾患となって現れる」「人間は病気の土壌を持って生まれる」。近代西洋医学と正反対の理論を持ち、多くの実践結果の集積の上に成り立つ代替医療のエース的存在ホメオパシーを紹介する。

「症状は病気ではない」

対症療法では症状を病気と捉え、これを薬や手術によって抑え込むが、ホメオパシーでは症状を病気と考えない。すべての症状は、バイタルフォース(生命力)という生命エネルギーの流れが滞ることによって引き起こされると考える。そしてこの滞りこそが病気であると考えるのだ。

ホメオパシーでは心と体に加え、魂も含めた三要素が密接な関係にあると考える。魂はその人本来の姿(個性)であり、不変のもの。これを真我といい、心は自我という。

バイタルフォースはもともと真我の流れであり、その真我の流れから自我も肉体も形成される。自我は真我、つまり本来の生き方から離れてしまうことがある。悲しい、苦しい出来事に遭遇してその都度乗り越えられずにこだわりを形成するケースや感情を抑圧しなければならないケースも多い。するとバイタルフォースが滞り、結果、肉体の症状となって現れる。これは治癒の方向性と関連があり、後述するが、自我と肉体の関係に限っていえば、肉体に現れる症状は自我の歪み(こだわり)や感情の抑圧が原因である。

つまり、症状は本来ありべき姿ではない、本来の生き方をしていないというメッセージなのである。そして、このメッセージを読み取り、同種のレメディーを選択し治療に導くことのできる者が真の治療家(ホメオパス)であると創始者のハーネマンは言う。

「抑圧は慢性化を招く」

では症状を出し切ることなく、抑圧したらどうなるのか。症状の抑圧は、本来自己治癒力により直るものを治さないばかりか、出るべくして出ようとした症状は行き場を失い、奥へと入り込みバイタルフォースの滞りを一層深刻なものとしてしまう。難治性のアトピー性皮膚炎、喘息、自己免疫疾患や無感情、無感動、分裂傾向といった状態へと向かう。

そうして慢性化してしまった症状は、放っておいても治癒されることはない。レメディーによる病気の増幅による自己治癒力の喚起を促さねばならない。

ただし、慢性化した症状を根本から完全に治癒するためには、まず抑圧した要因から取り除く必要がある。・・・完全な治癒には膨大な時間と労力を費やす。だから症状の抑圧は恐ろしいのだ。

そしてもうひとつ、根本層の下に位置する最下層に、人間が誰しも生まれ持っている病気の土壌「(遺伝慢性)マヤズム」がある。

「(遺伝慢性)マヤズム」

バイタルフォースの滞りによる症状は種々様々だが、人には特定の型があり、その型によってどのような症状が出やすいかが分かるといったら驚かれるだろうか。

ホメオパシーでは、すべての人間には病気を生み出す大元の土壌としての「(遺伝慢性)マヤズム」があると考える。これは人類の祖先から受け継がれている遺伝体質のようなものだ。

マヤズムには疥癬、淋病、梅毒、結核、ガンの5種類があるとされ、ひとりの人間が複数の(遺伝慢性)マヤズムを持っているケースもある。(遺伝慢性)マヤズムは普段活動せずに眠っているが、ストレスや病原菌や心理的なショックなどがきっかけとなって呼び覚まされてしまうことがある。真我が不変であるのと同じように、(遺伝慢性)マヤズムも治癒することはできない。悪さをしないように、寝かしつけるだけだ。いわば真我の真の顔なのである。この(遺伝慢性)マヤズムは、行動パターンについてもそれぞれ一定の法則が見られるという。

「治癒の方向性(好転反応)」

慢性化した症状の場合、レメディーにより治癒に至るプロセスにはある一定の方向性がある。大まかにいうと、①上から下(解説:頭から足ではなく、体から末端の四肢へということ)②中から外③心から体④重要な臓器から重要でない臓器⑤病気が重くなったときと逆の過程へ(完治していなかった過去の病気の症状が戻ってくる)、がある。こうした症状の移行は自己治癒力が発動している証と考えられる。このように、治癒へ向けて体毒の排泄が生じたり、症状が移行することを好転反応という。

たとえば首にアトピー性皮膚炎による潰瘍ができた場合、かぶれの作用を持つツタウルシから作られたレメディーを与え同種の法則で首の部分が治癒すると、今度は手や足が荒れてくる。治癒の法則に沿っていることから自己治癒力が発動した結果と考えられ、最後には潰瘍もきれいになる。こうした治癒のプロセスを知らない人は、レメディーをとって悪化したと思い込んでしまう。

「専門家 ホメオパス」

同種のレメディーをとっても病気と共鳴し、自己治癒力を喚起するだけなので、自分でレメディーを選択して使用しても何ら危険はない。ただ、好転反応に対する対応や慢性化した症状の治癒は難しいし、急性症状も単純なものではなく、発熱ひとつをとっても対応するレメディーには様々な種類がある。さらに(遺伝慢性)マヤズムの治療となると、専門的すぎて一般の人には手の施しようがない。そのために、ホメオパシーを職業とする専門家がいる。・・・

ホメオパシーは、単に症状を治癒に導くだけではない。原因である心と体のこだわりの解放を伴なうものなのだ。ホメオパシーは気づきの助けをしてくれるが、あくまでも気づくのは本人であり、治すのも自己に備わっている力である。従って老人、子供、妊婦の別なく安心して使える。逆療法の考え方が一般的になっている現代日本にとって、ホメオパシーの叡智は多くの示唆を与えてくれる。

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